ゲーム業界の方々のtweetに思う

twitterが様々な所で浸透して来て、ゲームソフトに関わる
方々のつぶやきも増えていきました。

時々、心のシコリになるような出来事も出てきました。

そういう事を、ネットニュースとして取り扱ったり
されるシーンも見受けるようになりました。

色々な考えがあり、問題提起及び情報拡散・娯楽と
して扱われていることについて、疑問を呈するつもりは
ありません。

ただ、twitterのテキストは利用者の感情に近い
ものがあることで心配もしています。

自分の好きなゲームを作られている方々がいます。

ネットが利用出来るようになるまでは、ゲームを作る人達が
どういう考えを持っていて、どんな趣味があって、
何を嫌い、何を好むのか分かりませんでした。

好きなゲームソフトを作る人達は、きっと自分が
「想像するような人」に違いないと考えることも
あると思います。

お気に入りのゲームソフトを作る人=憧れの人。

作る人達の気持ちが見えない状態ならば、
憧れるだけでそれはお互いの気持ちを何ら
傷付けるものではありません。

今までは、ゲームで遊ぶ人
ゲームを作る人の距離というのは
お互いを認識することが出来ない
濃霧に佇む状態にあったと思います。

ですが、時代が進み、ウェブが進化した
事で、この霧は晴れてきつつあります。
ゲームフリークな方々の殆どは
ソレを望めば、ゲーム業界の方々に気軽に
繋がり、その人達のことをより深く知ることが
出来るようになりました。

知ることで、理想と現実のギャップというものに
遭遇するようになります。

自分が思っていた事に叶わないからと言って、
その感情をぶつけることも悪くはないですが、
それは果たして正しいものなのかどうか?
と思うようになりました。

twitterで呟かれる内容は、思想であり、趣味であり、
宣伝であり、感情であり、それらをひっくるめた
その人のありのままの「今」だと思います。

テキストのみの表現だと、記載したその人の
感情を他者が100%読み取れないという事象が
発生します。当然、裏の感情まで文章で分かるはずは
ありませんが、文面によって与えられる印象は
人によって多かれ少なかれ違いがあります。

その危うさを頭に入れないで、つぶやかれた内容に
脊髄反射して反応してしまうのは、利用者同士
気持ち悪いことになってはいないかな。と心配しています。

お互いの考えをダイレクトにやりとりした結果、
建設的な意見が導き出されるのであれば、それは
有意義な交流だったと思いますが、ただの暴力的な
言葉のやりとり、押し付けはtwitterに限らず
無価値だと思います。

私は、インターネットを通じてゲームを作る方々の
考えやその人となりを知る機会が増えて嬉しく思って
います。

昔(今も?)よく使われた

「アイドルはおトイレにいかない」

のような感じで、ゲームを作る方々が妄信的に扱われて、
異常な空間が生まれるよりは、よく遊ぶモノが、
自分と同じで、悩み・苛立ち・泣き・笑いながら一生懸命
生きている人が作られているんだ。と知ることが
出来る方が安心します。

ですから、ゲーム業界の人のいかにもなtweetよりも、
何気ない一言であったり、思っていることが吐露される
ことはありがたいことです。

ひとつのツールを、自身が思われるままに使われる
ことを思っています。

それによって、誰かが悲しい思いをすることもある
でしょうし、混乱を招くこともあるでしょうが、私は
そういう思いも知りたいですし、感じていたいです。

人1人を知るというのは、楽しいだけじゃないと思います。

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