ゲームと付き合って、どのように生きてきたか(どう生きていくか)

こういう話も目にしてみたいよね。というツイートをチラと見かけて、(主にフォロワーさんからの)需要があるようでしたので記します。

感情的に考えると「そういうのは人によって様々なのだから、どうでもよいのではないか?」とも思えるのですが、人生の傍らにテレビゲームがあり続けるということは、貴重なこと・幸せなことだと考えると、幼少期からの記憶~そこから今現在に至る気持ち、そして先々の事を文章として形を成すことにより「こういう生き方もあるのか」という参考資料になればとも思います。

私はテレビゲームと出会えて、心寂しい時間が、楽しく夢のある忘れられない時間に変わり、今はそこから得られたもので生きています。

このブログ(あるいは過去のデータ/ブログサービス利用時)や、インターネットラジオでぽつぽつとお話した事があった気がしますが、私は日本のごく普通の過程(経済的に言えば中流階級には満たないその手前あたり)に長女として育ちました。幼少期は徳之島で育ちました。その頃以前の記憶はもうありませんが、この時の頃はおぼろげに覚えていて、父の会社の社宅で暮らし、週末の夜は父の会社の人たちがどなたかの家に集まり、麻雀で遊んだり、子どもたちは社宅の中を夜遅くまで駆け回って遊んだり、花火を遊んだりしていました。そういう、もう虫食いだらけのページの中に、父がファミリーコンピューター、ファミコンを買って帰って来た思い出があります。当時(昭和後期)の徳之島と言えば、離島ですから、様々な品物を届けてくれる船が来ない限り、物が豊かに流通しているとは言い難い状況だったと思います。改めて考えてみると、父がそんな状況で、どこからファミコンを入手したのか疑問があります。

ゲームといえば、時折家族で立ち寄る喫茶店に置かれたインベーダーゲームが最初に遊んだゲームで、ガラス張りの机のような筐体を、父や母の膝を借りてギリギリ覗きこめるような感じで遊んだことがあるくらいでしたが、みんなで楽しく遊べて楽しい!という印象が残っていました。

ですから、家にファミコンがやって来た時も、家族で交代でスーパーマリオを遊び「難しいね」「またやられた」「すごい!できた!」と、遊ぶ事はとても自然に行われ、遊ぶ時間は僅かだとしても、魅力的であったことが心に焼き付いています。当時の私も大変な負けず嫌いで、うまく遊べずに悔しがり泣いてしまうことが多かったのですが、そうなると特別父の機嫌が悪くなっていた記憶もあります。

時が流れて、島から鹿児島の方に戻り、生活をする中で、ゲームに対する制約が日に日に強くなっていきました。
小学生になる頃には、母からは
「長女なんだからしっかりしなさい。」
「お姉ちゃんはなんでも出来ないといけないんだよ。」
「自分で出来ることは何でもやりなさい。」
「お母さんを手伝いなさい。」
「勉強はいつでも100点を取りなさい。」
などなど、多大なるプレッシャーを与えられ、
「ゲームで遊ぶ時間は土日にいづれか1時間だけ」
というルールをあてはめられることになりました。なお、この時期から、私は、漫画を買いたいとせがめば嫌な顔をされ、テレビでアニメを見たいといえばニュースを見なさいと言われるようになりました。

出来る限りは頑張ってみよう。そうすれば、母も条件を緩和してくれるだろう。
(父は母の様々な条件よりは優しく、助け船を出してくれる方ではあったのですが、母の機嫌を損ねたくないので基本母寄り)
出来る限り、一生懸命勉強をし、母が夢見る“模範たり得る長女”になろうと努力しました。

そうして、その間に、ドラゴンクエスト3やファイナルファンタジー3、といった心に残るゲームに出会うことになります。
これも、近隣の友達が遊ばせてくれたゲームで、我が家にはありませんでした。時々お互い遊んで、少しずつ進めて、小学生の中学年になるあたりでやっとクリア出来た記憶があります。今までならば投げ出したであろう謎解きやレベル上げ、ダンジョンの探索も頑張り、最後のエンドロールを見た時は、やり遂げた達成感で涙が流れました。

しかし、このあたりからゲームで遊ぶ生活が一時中断します。
習い事に加えて、クラブ活動に参加することになり、自由にできる時間がほぼ無くなったことが理由です。

ただ、ゲームで遊ぶ機会が無くなっても、友達の何人かにそれらを嗜む人たちがいたため、ゲームの音楽を耳コピしてピアノで弾いてみたり、遊んでいるゲームの話を聞くことが楽しみでした。

時が流れて、中学生のあたり、世の中的にはゲームボーイのポケモンが話題をさらっているころに、やっとスーパーファミコンで遊ぶようになりました。このあたりからプレイステーションも登場して、もちろん私はそれを手に入れることは出来ないのですが、友人達と遊ぶ際に触らせてもらうことで、強い衝撃を受けました。

スーパーファミコンで遊んだゲームの中で、当時特に印象的だったゲームが2つあります。
ファイナルファンタジー6と、クロノトリガーです。
(いやもちろんテイルズオブファンタジアやスターオーシャン、ドラクエ3のリメイク、魅力的なものは沢山ありますが。。。。)

私は狭いコミュニティの中で育てられました。
子どもの時の思考は「人はこうあるべき。それ以外はだめ。」「だめな人はだめ。」そう強く信じていました。
ですが、ファイナルファンタジー6を遊んだ際、沢山の様々な人物が登場し、悪もまた悪と憎むことが難しい存在を見た時に、最初は、少し理解が出来ませんでした。そこを自分の中で「だめな人は、果たしてほんとうにだめなのか。」と疑った時、そこから少し自分が変わった気がしました。ゲーム内に登場する人物にも、最初は好みではないキャラクターもいますが、よくよく話を進めてみると、なるほどいくつかの背景があってキャラクターの考え方がある。そうやってニガテなキャラクターでも理解しようと努めるようになりました。

クロノトリガーは、好奇心が、少しずつ世界を変質させ、大きな物語になることに、自分の行いに対する恐怖を感じました。
殆ど無害であろう行動のいくつかに、もしかしたら、大きな問題があったら。。。。と、考えてしまったのです。その時は「でも、お話はお話。現実はそうとも限らない」と考えたものですが、今振り返り思い出してみると、“模範たり得る長女”の呪いに従った私は、様々なところで“優等生”のレッテルを貼られ、それが時に嫉妬や誤解を生み、面倒になっていたこともありました。お話も現実も規模の違いがあれど似たり寄ったりではあります。

やっと少し遊べるようになったゲーム。でもここでまた、少し距離を置くことになります。
寮のある学校に入ることになった為です。

体よく親(母)から離れたい一心で勉強し、運よく転がり込んだ遠方の理数系の学校に入学したのですが。。。。まあ、無理があったよね!!こうやって文章を紡ぎ続けている時点で文系が好ましいとは思っていたのですが、ゲーム・ロボット・機械もまた好ましい存在と感じていた都合、飛び込んだら優秀な先生たちに教えてもらえれば理数系好きになれるかも!と思ったことが過ちですよね。

あそこは、教えてくれるんじゃない。。。理解している人たちが学ぶ場所だったんだよ。。。。。

ただ、ウェブに触れたり、プログラムについてある程度の知識が得られたこと、ものが作られる過程を知ることが出来たのは非常に有意義でした。あれらの時間がなければ、やはり独学でここまでやってはいないでしょう。

そうして学校を変え、念願かなって、美術系の専門学校に向かいます。
それはゲームとゲーム、時折集中して制作。。。。という幸せな時間でした。アルバイトで稼いだお金で、画材を買いつつ、プレイステーション2を調達。ゲームソフトも自分でゆっくり選んで買える!やっと訪れた自由の始まりでした。絵のブランクはありましたが、だからこそ学びなおしたものはすんなり入りましたし、とにかく新鮮で、また、ゲームに関しての話も同期の人たちと沢山出来たことも心が潤いました。

そこからはもう、ゲームとは離れることが無くなりました。
今まで遊べなかったが故の鬱憤が爆発したかのように、PCではオンラインゲームを遊び、プレイステーションとプレイステーション2の遊んだことがないゲームを遊び続けました。
そうして、やはりゲームには私の知らないことがあり、それを気付かせてくれると確信しました。
遊んだゲームから感じ取れる、人の世界の情念を、自分が追体験するような感覚。私が子どもの頃塗り固められた「人はこうあるべき。」を壊してくれる。人は、色々あっていい。そうやって気付かせてくれることが気持ちよいのです。

ただ、1回だけ、
「ゲーム、もういいかな」
と思った時期があります。
それは、ゲーム販売店でお仕事をしていた時です。現行はPS2。でも後期に差し掛かっていて、なんだか魅力的な新作が減っている気がした時期でした。販売店のご苦労も色々知る中で、私自身のゲームに対する情熱が死にかけていた時期です。結婚もするし、大人しく主婦を楽しんで、大人しい生活も悪くはないよな。ゲームには沢山楽しませてもらったし、先々私が楽しめるようなゲームはそう多くないだろうし。。。。そういう投げやりなことを!考えていたことがあるんですよ!!!!!私にも!!!!!!!!!

そういう時に見た、ひとつのゲームのプロットプロモーションが、すごい出会いだったんですよ。

PS2大神の、発売も何も詳しく決まっていない時のプロモーション!!!!!
これを見た時に、私は友達に
「このゲームは、絶対面白いゲームになると思うの。もし、面白く無かったら、私はゲームで遊ぶことをやめる。」
と言いました。

実際、すごく私好みの素敵なゲームで、遊び終えた時に
「こんなに楽しかったゲームに出会えた。
 まだ、まだ分からない。どうなるか分からない。
 色々面白くない話も耳にする(※)
 それでも、またこうやって面白いゲームに出会えるのなら、私はそのゲームを応援したいし、そのゲームを作り続ける人たちを応援しよう。」

と、決めたのでした。

※…当時は(いやいや今もインターネットはそうですが)、事実ではない情報が事実であるかのように流通し、ゲーム関連に関する様々な嘘八百が流れていたのです。

その後、子どもが生まれたり、転勤を重ねる中でも、変わらずゲームで遊び続けています。

子どもが生まれて、成長したことにより、私は子どもがゲームとどう付き合い始めればよいか考えました。

仔細は別エントリに記すとしますが、私が、幼少の頃をこと細やかに記憶していたのは、この時の為だと思いました。
「母と同じようなことはしない」
私は子どもがゲームで遊びたいと言った際、子どもから聞き取りをしました。
そうして、子どもの意見を聴き、私自身が経験したこと、ゲームで遊ぶ上で注意してほしいことを話しました。そのうえで、子どもにゲームとの付き合い方を決めてもらいました。結果として、子どもは普段の生活をこなしながら、可能である時はゲームで遊びますし、適わない時はまた次回。ということで遊んでもらっています。

一時細くなったゲームとの縁は、今ではしっかりとした強固なものになっています。
これが叶った要因はいくつかあります。

  1. 実家から離れて暮らすことが出来た(義理・実親含め)
  2. 旦那さんが忙しいお仕事をしている
  3. 旦那さんがゲームへの理解がある

特に旦那さんの理解は非常に重要です。
これは、まだ学生の頃付き合うようになった際に、散々確認した上に、私自身もゲームの魅力を伝えるプロモーション活動を怠らなかったところもあります。。。。好きなゲームについては、遠距離恋愛中たまに会ってブレスオブファイア5の魅力を語り始める。。。。真・女神転生3の魅力を語るという。。。。お付き合いの手段下の下を行く感じではあるのですが、結果旦那さんが離れている際に『前勧めていたゲーム買ったよー』と受け入れてくれて、楽しんでくれた所もありがたかった部分ではあります。

本当に、私の生活においては、旦那さんの理解なくしてあり得ません。。。。コスプレは理解薄ですが。。。。作った造形物については理解を示してくれるところも、ありがたいです。

こうして、やっと恵まれた生活をしているわけですが、正直いつ死ぬか分かりませんよね。
そう考えた時に、旦那さん・子どもについては、何か残せるメッセージもありますが、コレクションして遊んでいるゲーム機・ゲームソフト・漫画・フィギュアなどについては、どうしてよいか不安があります。
なので、最近、コレクトするゲーム関連物を選定する際に迷いがあります。これが、ゲームを好む人に死後渡ればよい。そして、遊び続けて欲しい。そう、遊び続けて欲しいんです。どこかの博物館であれ、資料館であれ、収蔵されるのも悪い話ではありません。そういう時代もあった。という文化資料として残る意義もあります。ですが、思うのです。ゲームは遊んでこそのゲームではないかと。遊ばれないゲームに、どれほどの価値があるのかと。ですから、今私が手元に置いているゲーム機・ゲームソフトなどは、もっと選別されなければいけないと考えています。もっと洗練されて、もし、私に死が近くなった時に、私のコレクションを遊んでみたい!という人が、手に取って遊んでくれる。遊んでくれることが大事なのです。確かに遊んでほしい。それが、ゲームを作った人の願いでしょうし、今ゲームソフトを持っている私の願いでもあります。

形があることは喜ばしいことです。そこに、人がつくった“モノ”があるのです。
私は今まで沢山の人が作ったモノに支えられて生きてきました。
私はとても不器用ですが、目指したモノを得ることについてはちょっと頑張ることが出来るという自負があります。ですから、今は、私が残せる形を目指すために、ゲームも楽しんで、それを力に変えて、下地を作っているところです。

このブログもそう。
私は、ちゃんと本を作ろうと決めました。
人は何かを形作り、それを他者と共有し、過ごす時間をより豊かに出来る。
それがもし私の中にもあるのならば、こんなに幸せなことはありません。
結果がどうなるかは分かりませんが、その到達点を目指せることをありがたいと感じながら、とりあえず今日はドラゴンクエスト11の続きを遊びます。

9 人がよいねしてくれました

あーにゃ

あーにゃです。テレビゲーム好きが高じて、遊んだゲームソフトの感想を記すことが好きです。子どもがいますので、子どもとゲームの付き合い方に一家言あります。テキスト作成でご依頼ありましたら、メールフォームからお問い合わせください。

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