彼方に

このエントリは、気に入ったゲームソフトについての独白になります。
平均的な感想を閲覧されたい方は以下を参照ください。

リンク:PS4 ニーアオートマタ 感想


ネタバレがあります。遊んだことがない方の閲覧はおすすめしません。

最後のEエンドを触っている時の感情は、混沌としていました。
ひとつのゲームを遊び終わってしまう、寂しさ。
不可解な難易度に対する、怒り・呆れ。
ゲーム中の物語の果てに辿り着いて溢れる、悲しさ・愛おしさ。
自身のゲームを遊ぶ上での、肉体的・精神的な疲れ。
この先に何が待っているのだろうという、期待。

まさに混沌でした。

遊び終わった直後は、呆として、すぐ床につきました。
そして翌朝、普通に起きて、朝食を用意し、家事を片付け、室内の整理整頓を始め。。。。そのルーチンワークの中で、前日の終わり。。。ニーアオートマタというゲームへ思いを馳せていました。

まるで、打ち上がる物体を地上から見上げて、あれ何なのだろうか?と不思議にぼんやり考える人のように。

私はシューティングゲームが得手ではない都合、やはりいくつかのシーンにおいて、遊びづらさがありました。この点は過去発売されたドラッグオンドラグーンのドラゴン騎乗時もそうでしたから、割り切っていました。ニーアオートマタにおいては自動で戦ってくれる機能がありましたから、非常に助かりました。そういう、自分が動かしていない部分が介在していても、ゲームを遊ぶ・感じる感覚が損なわれることがなかったことはありがたかったです。もちろん、実際に操作し戦う感触には少し遠い実感かもしれませんが、それでも、このゲームは遊ぶ私をずっと惹きつけてくれました。

まず、空気感がとても好きです。
フィールドの見た目については、交互にFF15を遊んでいたのではっきり感じていたのですが、最新のゲームの最高のグラフィックというわけでは無いと感じる人もいるでしょうが、植物のありようであったり、砂漠の質感、水の見え方、光の加減がいつまでも「ここにいたい/行きたい」という気持ちにさせてくれました。それが、ゲーム中の物語の「地上に憧れるアンドロイド」達の気持ちのようで、心地よくもあり胸が締め付けられるようでもありました。

茂みをかき分ける音、樹木の木々から聞こえる鳥の鳴き声、水の音。
そこが、機械生命体とアンドロイド達の戦場であるのを忘れるかのような清々しさが逆に怖くもありました。

Aエンドを迎える時に聞こえる独白。
「機械生命体と私たちアンドロイドを分かつモノは何だろうか。」
ゲーム中ではこの2つに焦点が当てられていましたが、これは 何かと何か/誰かと誰か という現実の思考にも当てはまると考えます。
よく、”あの趣味”と”この趣味”は違う。”この趣味”の方が崇高なんだ。。。。とか。”あの人”と”この人”。。。とか。。。似通ったものは、優劣がつけられることがありますが、ゲーム中でそうであったように、本質は同一だったということが沢山あります。それなのに、形が違う・思考が違うということで壁が出来、理解が滞り、時に争う。。。。それを私は虚しく感じます。

2Bと9S、A2。その他のアンドロイド達。特徴的な機械生命体達。
人間を意識することで、そのありかたが人間のようになってしまうのに、アンドロイドの強化スーツはヘッドギアを装備すると機械生命体の進化の果てと見えなくもない見た目になるのは興味深かったです。
長すぎる争いが、互いに大きな溝を作り決して理解出来ない状態になっているが故に、深刻なサブクエストもありましたね。短いお話であっても、そのひとつひとつを「そうだよな。現実でもこういうことあるよな。」と思いつつ、自身ならばその様々な事象に対してどのような解釈を付けるのか、嚙み砕いています。

それは、2Bと9Sの関係についても言えることで、2Bは何故狂わずにいられたのか。などなど、たくさんの思いが尽きません。その思いへの答えは、美術資料集・攻略資料集双方を熟読すれば見えてくるところがあるのでしょうが、熟読中のため割愛します。ただ、かごの中の生き物のように定められた生き方になっているアンドロイド達も機械生命体達も、良い話悪い話もひっくるめて、すべて愛おしく感じます。

私が、人に対して感じている根底の感情と同じです。

遊ぶ人によって、ニーアオートマタの物語は、印象が強く変わる気がします。
Eエンドを迎えて、悲しいお話だったと感じるひともいれば、未完のような印象を抱く人もいそうです。
私はEエンドの中でも、希望を感じました。どうなるかは分からないけれど、もしかしたら、それが、何らかの新しい可能性を切り開くのであれば、希望がある。。。。と捉えることも出来るからです。。。。。ただ、そこまでヨルハ(あるいは機械生命体)を組織した存在が計算済みであれば、変わらず互いが殺し合う悲しさもあるでしょう。。。。

このように様々な部分で妄想力をかきたてられるのは嬉しいです。様々な媒体を拝読していると、お話を描かれたヨコオタロウさんの中では、世の中に出していない様々なお話が既に存在していて「公式の形」というのはあるのでしょうが、その部分が開示されていない今は、ニーアオートマタを遊んで気に入られた方の数だけ、独自の物語が続いているかもしれません。そういうことを考えると、ゾクゾクします。

宇宙に打ち上がるソレは、意味があるものかもしれない。
ないものかもしれない。

それを見上げて、私は、自分が小さくて無知な存在だと再認識しながら、私の知らない世界に夢を見て、生きようと思うのです。

6 人がよいねしてくれました

この投稿へのコメント

コメントはありません。

コメントを残す

この投稿へのトラックバック

トラックバックはありません。

トラックバック URL